肖像のそのひと
眦を決しているわけではない
はじけた莢から熟れた鬼灯が覗くように
細められた一点の濁りもない目が
白地にはめこまれた瞳を見据えて
そのひとの貌をみる者に向けられている
その焦点はみる者にだけ結ばれることなく
背後の時空にまではるかに伸び広がって
たゆたい 恣意的に揺れうつろっている
そのひとはみる者のさまざまな連想に触れ
意見や判断やましてや反論などとは無縁の
平穏なまなざしを操り みる者の心を象り
人生の意味や夢の象徴へと問答を導く
朱色の被布に包まれたそのひとの貌は
強いて語るべき何ものをも収めず
かつて語られたいかなる意をも蔵さず
唯 無心に開かれたままそこにある
苛烈な光線に灼かれたその表情は
虚偽と粉飾に彩られた者たちに向けられ
正義と朴訥を秘匿する者たちにも向けられ
常に等しく公平な姿を保っている
はるかな来歴の途次にかつてあった人
はるかな地平へ踏み出す人に面して
わたしおよび・・・
わたくしのすべてであるわたしに
わたしのいちぶでもふれられない
あっとうてきなかいめんかのもの
あきらかにすいめんからでている
それらのちがいはけっていてきだ
陰翳
語るからだ
肩から少し
肘で羞じて
手指は誇り
唇は熟れて
鼻腔は爽快
眼差しの陰
他者の目線
綯交ぜつつ
胸腹陰晒し
臀部伝説を
時の流域に
在らしめて
背負う来歴
虚空蔵
空を切る
細く鋭い声
地を蹴る
太く鈍い音
火に油を注ぐ
意味不明の言葉
水を浴びせられ
染みるこころ
風をはらみ
行場のない身は
無から渡る
羽ばたきが
精根尽き
地の先
海へ